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すぃ~っと 「櫂」が漕げている時

Category : 心と宇宙の話し
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あけましておめでとうございます!!
いつもブログを読んでいただきまして
ありがとうございます。

さて、本日
メルマガ新年1号をしたのですが、

自分って案外ガンバるんだなぁって
改めて感心したわけです。(でたよ!自画自賛!)

そもそも、思い付きと勢い(←大切)で始めたメルマガですので、
「ガンバって続けてみよう」という気持ちは、
正直、あまりなかったわけで、

それもあって月4回ってキツイのなんの(笑)

毎回、
何のためにやってるのか?とか、
返って皆さんにご迷惑では?とか(爆)

あきらかな迷子状態で、
何度やめようと思ったことか💦

単純に何かを販売するというものではない以上

賛同の気持ちを持っていただく、
などの到着地しか想定できず

それが難しいことはわかっていたんですけどね、
まぁ、毎回悩みました

でも、そうやって思い悩むからこそ
気持ちが舞い戻る地点があるわけです。

それがなにか?というと、

「今はまだ私にはわからないんだ」
という思いです。

「何のために?」の

「何」の部分や
「為」の部分が
元々が直感なので
無くて当然なのだ💦と


「やってみたいと思った」
「だからやってみた」

ということでしかなく、

やめることは簡単ですが、

なんだか、いつか
自分がこれをやっている理由がわかるだろうから
「それを見てみたい✨」

そんな気持ちが大きかったんだなぁと。

**

今実感しているのは

これは編んでみなくては模様が見えてこない
編み物や織物のようなものだったんだ。
ということ、


それも絹のような細~い糸ですから
段の進みはとても遅いんですが、

その分ツヤがあって
繊細で美しいものなんじゃないか?と

振り向いたら数センチ
その地模様が見えてきたところだと
思えてきたわけです。

結果にコミットしないで
今あるものに真剣になるというのは

私にはそれが
今までの経験で得てきた
自分の歩き方なんです。

また、

それくらい真剣に
自分の思い付きや直感を
信じているということでもあるなぁと。

気持ちは「戻って」考えるのですが、
そんなときこそすぃ~っと
「櫂」が漕げているんだと

そんな風に思うのでした。




本年度より
メルマガを[隔週日曜日]、
月に2回の発行とさせていただきます。

「身体と心と豊かさの仕組み」という
私の人生のメインテーマを柱に

皆様の人生そのものを
サポートさせていただけたら幸せ!と考えております。

ダイエットについては、
各回ワンポイントでメルマガに
組み込ませていただくことにいたしました。

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ありがとう。を言って捨てる

Category : 本の話し
大晦日の前の日
平積みではなく
立てかける陳列棚の
一番下の段で

この表紙が見えた

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本の表紙にしては
ポチ袋みたい?
、、にしては真ん中が鳥居💦

気になって手に取ってみたら
普通に文庫本であることが判明。

でもあれ?
これ一冊しかない?

え?でもこっちも同じタイトルって
ん?なに?なんだろ?

カバーのデザインが違う同じ本なわけ?


≪↑クリックしたらamazon≫

いや、この一冊にだけ、
上からさらにカバーを掛けてるのね。

DSC_1722.jpg


何のために💦
と、ためつすがめつ
はがしたり裏を見てみる

DSC_1721.jpg


そうなんだ。
そういうことか。

やられたな。
流行ってるわけそういうの?

とはいえ、

手に取って、
パラパラめくって
文字を読み
カバーはがして
裏返して見比べ
奥付もにらみ。

思った。

私が買う買わないじゃなくて

買った方がいいんだろうって

でどうしたらいいのだ?

これは宣伝用らしいから

レジに持っていくのは
普通のカバーのほうが
本来の商品なのか?

とか一瞬迷ったけど

気が付かなかったふりをしてこれをレジへ。

一日で読めちゃうほど
読みやすくて面白かった。

日本の日常のどこにでもいる
八百万の神様たちが

こんな風に働いているなら
面白いわね~って。

本の中で
神様の行きかう日常は
シニカルでもなければ
ビターでもない。

ただただ普通。

神棚を清めて
しめ縄を置き
玄関を清めて
しめ飾りを掛け
鏡餅を置き

それが(私にとっては)スタンダードな
日本の普通。

で、同じく
そこに神様たちがいるのね。

そう思える作品。

長く使ったもの
キッチンのスポンジ
雑巾
着なくなった服や下着

私は何でも、
何かを捨てるときには
「ありがとう」と言わなければ捨てられない。

ほんのりとした捨てる罪悪感を
感謝で相殺するかのように。


そういうものには「宿る」から。

ただのごみにはならない。

そんな気持ちが「神様」を私にとどめているように思えるから。

神様って
何万年もかけて
人が作っているのよね。

多分。



西暦1年1月1日ってどう選んだんでしょうね。

Category : 日々の話し
紅龍

2018年11月10日に円山クラスの屋上駐車場で
私の目の前にぽっかり表れてくれた紅龍
それからずっと
PCのディスプレイも
スマフォの壁紙もこの紅龍です

微笑んでいますよね~✨
毎日この顔で私を見守ってくれています✨



皆様
2018年も大変お世話になりました。

今年はAloewingメルマガを始めたせいもあって
アップ出来たブログは
1年で12件💦

この投稿が13件目
書きかけが14件(爆)ありましたので
よく言えば少数精鋭
良く無く言えば「ていたらく」でございますが、

これに懲りず来年も応援していただけたらありがたいです。
どうぞよろしくお願いします。✨


さて、先日から気になっていたんですが

毎日は毎日、
一日は一日、
今日の次の日は明日。

そう、
自然界には
続きや前後があるだけで
今日と明日に「区切り」ってありません

区切っているのは「時間」や「一日」という概念です。

では、
「西暦一年の1月1日はこの日!」
と決めた理由は何だったんだろうか?

西暦1年の1月1日にふさわしい日はどうやって決められたんだろう?
(決められた頃にはまだ「0」という概念がなかったそうです)

という疑問。

だって、適当に今日から!とかにしてしまうと
春分と秋分も夏至も冬至もめちゃくちゃになります。

・・・・ってあれ?

あ、そうか、
そこを起点にしてさかのぼって決めたのが
一年の始まりだったのかもしれませんね。

ということで調べてみました。

西暦として制定される元となったのは
それまで使われていた
ユリウス暦というものだったそうですが、

うるう年などの影響で、
暦と太陽/月の運行のずれが多くなっていったため

季節と新月のタイミングを見て
仕切りなおしたのが西暦の始まりとなったそうです。

なのでユリウス暦の最後は455日にもなり
その次の日(新月)から
西暦1年の1月1日が始まった。

ということ。

そこから延々と2019年経った。
ということなんですね。

ふ~ん。


でも「区切り」っていいですよね。

昨日の続きの今日なんだけど、、
新しい一年の「始まり」になる日

これがあるから人生にメリハリがあるし
思い出も未来も生まれるんだと思います。



西暦は太陽の運行で365(366)って
日数が割り出されていると思いますけど、

その他にも
世界中に日にちの違ったお正月や
数の違う一年が存在するわけで

そのうえで西暦(グレゴリオ暦)の考え方も取り入れているわけです。

例えば日本の旧暦は
中国を基としてアジアで多く使われてきた
太陰太陽暦のことです。

新月ごとに次の月の1日となるんだそうです。

でもそれは月の運行のですので
太陽の運行と、
こちらも年を追うごとに
季節のずれが出てきてしまい
閏月などを入れどこかで対応することとなりますが
結局現在、日本では使われなくなりました。

日本以外のアジアの国々では
暦が一つという国はあまりなく

西暦の正月より
旧暦の正月のほうが盛大です。

インドネシアでは
ウク暦 サカ暦 旧暦 西暦があって

お祭りと区切りの日が多すぎて(笑)
こりゃ大変だわ、とはたから見て思います。

なのでシンプルな日本で良かったと思うんですけどね。

本当のところは旧暦って農耕民族には大切ですし
月の運行ということから考えても
人間としての区切りにはこちらの方が合っているのでは?
とも思うようになりました。

暦の話は本当に尽きることがありません。
暦のことを調べていたら国立天文台のコラムがよく出てきて

天文こそが暦であることを
改めて深く刻みました。

またしても自分の興味だけの
独りよがりブログになりましたが💦

皆様楽しい大晦日をお過ごし下さいませ💖

そして2019年もどうぞよろしくお願いいたします。

お正月用だけどクリスマスプレゼント

Category : ――
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報酬から計算するから良くならないんじゃないかな?

Category : 心と宇宙の話し
昔仕事を探しているときに
日給や時給と月内に働く日数を計算して
やる気が出たりでなかったりしたことを覚えている。

すごい高いなぁと思う仕事はほとんどが資格の必要なもので
勉強してこなかった自分を呪うしかなかったけれど、

じゃぁその仕事に就きたいという情熱は私にはあったのか?
というと全くなかったわけで💦。

自分にできそうな仕事で50円でも高いところ
しかも近場、、、って

目を皿のようにして探していた私は

そんなことをしているうちにこう思うんだ。

こんな安い給料に自分の時間を売るのは悲しい。ってね。

で、堂々巡り(笑)

何が言いたいかというと

タイトルどおり
報酬から計算するから
たどり着きたいところにたどり着けなかったんだ。

そう思う。

少しでもやりたいところに近い仕事であって
それを楽しもうとしすれば
必ず次の道は開かれる。

仕事をするにはコツがある。

楽しい時間はあっという間
楽しくない時間は何度時計を見ても針は進んでいない。

つまり
時間を
短く感じるのも
長く感じるのも

仕事のせいではなく本人のせいなんだよね。

「楽しんで仕事をするにはどうしたらいいか?」
このくらい自分で考えられなくちゃだめだよね。

だからさ、きれいごとじゃなくて
報酬って二の次なんだよ。


生活のためだったけど、
いろんな仕事をしてみてよかったと思っているのは

売ってはいない
形ではない
たくさんのスキルを手にしたこと。

デパートの売り子(14年)だったときは

どの時間にどれくらいの商品を用意して
どのくらい注目を浴びたら数字が積めるか

お客さんのどこに感情の的があるのか?

一升瓶を包装紙にきれいに包める技

心のあるやり取り

手でわかる同じグラム数(爆)


テレアポ(1年半)だったときは

まず最初の出だしの声で決まること。

怒ってるなぁとおもっても気にせず続ける忍耐(笑)

そもそも私だって受けたら「やだな」って感情が先に来ることなのだから
相手を先に理解することも大切

感情の順目と逆目に気を付けること

いちいち気分を落とさないこと。


高級レストランでお運び(1年半)だったとき

おしぼりの畳み方

板場の感情の嵐(毎度のこと)によって声のトーンを変えること💦

コース料理の(板場への)声掛けタイミングを見分ける技(超難しい・笑)

トレイと腕に皿を載せる技(爆)

日本酒を一升瓶から猪口に注ぐときの傾け方

シャンパンのボトルをちょうどいい音で開ける技(爆)


思いついたのはこのくらいだけど。
それ以外にも、

へぇ~世の中こうなってたんだ、とか、
あそうか~、厨房の中ってこうなってたのね、とか
それまで知らなかった、
見えてなかったことがたくさんあって

「なるほど好き」な私にはどの仕事も新鮮だった。


こんなにたくさんのスキルをもらって

報酬ももらえるってことがありがたいって
本気で思ってた。

楽しんでいたんだ。どれも。


だから思うんだけど。

仕事は(スキルをもらって)楽しまなくちゃね。

だからある程度の報酬であれば好きな方に近い仕事を選ぶこと。

でもスキルをもらうと考えればそうじゃなくても楽しいけどね(^_-)-☆


NBの仕事(18年)もそう。

私がやってみて今に至るまで思ったことは

今どきダサい仕事と思われてるとしたら、
その認識は本当に相当古いからもう捨てたほうがいい。

そもそもすべてのNBが同じと思うのも相当に情報が古い。

ということ。

性格のいいNBに誘われないとしたらそれも心配(笑)
(誘われないこと自体が心配ってことね。)

そういったところの塗り替えをわたしは目指していて
それを楽しんでいると、報酬はついてくる。

つまりは自分の意識なんだということを大きく学んだ。
だからこれまでやってこられたのよね。

つくづく仕事は楽しむもの💖
そう思う。


で、話は変わるけど

SNSで凹んでるなんて書いたら
悲壮感しか感じられないじゃないの。

何で書くかね?

そこをぐっと我慢できない人が
お客さんから見て魅力的だろうかね?

本気で楽しんでいる人は
「ある」も「ない」も楽しめる人

SNSで泣き言なんて書かない人。

ガンバレ!腹くくれ!
遠くから応援してるんだよ!

ラッキーを運び込むのもポジティブな体からだ!
アロエが必要なら言ってくれ(笑)

時空を超えて

Category : 心と宇宙の話し
私たちは時空を超えて存在している存在

3日後の誕生日を前にして、
そうつくづく、思うわけです。

先日の
フォーエバーの先輩のお話し。

会社のセミナーでニューヨークへ行き
ミュージカル「マンマミーア」へ

そこで流れた曲が

闘病でつらかったときに
当時流行っていて
病院のベッドでずっと聞いていた

アバのダンシングクィーン
だった、と。

元気になって、
こうしてニューヨークへ来られている自分を思い、
涙が出たと。

不安な思いの中で
特別に胸に残った曲は

26年経って、
先輩をこうして
ハレルヤ!とでもいうように
迎えてくれたんだと思うと、

私も一緒に胸が詰まりました。


時間はながひょろい帯ではなく
層になって積まれているものだ。

常々そう意識させられてきた私が
また強くそれを確信するのはこんなときです。

きっと病院で先輩が聞いていたダンシングクィーンこそが
その層を貫いて聞こえていたものだった。

とね。


私にも大昔、
どうしようもなく苦しい時期があって
そんな時に聞こえていた声があります。

自分が自分を慰めるような
そんな声でした。
大丈夫だからね。というような感じの。

その後
その苦しいトンネルを抜けて、
それでも10年ほどがたってからですが

何かの折に
ああ、しあわせだなぁって
思ったときに

ふと昔の苦しかった自分を思い
苦しかったね。
よく頑張ったね。
でも大丈夫だからね。

そう声をかけました。


そのときに分かったんです。
あの声は先の私だったんだ。と、



「層」は羽衣より薄い膜でできていて

その「層」の中で
選択は「線」ではなく
「点」で枝分かれしています。

この世界に「点の連なり」はあても
「線」はないからです。

光線?
それは光の粒
点の集合ですよね。

全ては光の粒
どの点を選ぼうとも
そのときにしっかりと「自分」であれば

ちゃんと私をサポートする私に繋がっているわけです。

ですから、
その声や影響が、

シンクロや直感という形をとって
チルチルミチルのパンくずのように
目の前に現れるのだと。

そういうものだと。
ずっとそう思って生きてきているんです。

書いたら忘れてね。と言われた
インディアンスティックでのリーディングの内容を
その一年後に(とても狭い域の言葉だったというのに)
まったく同じ会話として耳に入ってきたのが
初めて訪れたフォーエバーのセミナー会場でした。

「どうしたらいいの?この点描曼荼羅?」と
天井に向かって尋ねた一週間後に
「ネットで講座をしませんか」という
見も知らぬ人からのメールをもらい。
それがずっと今につながります。



で、ですね。
老婆心ながらこれを書いておこうと思いました。

長い経験値から得ている不文律の話です。

何かを欲しい(行きたい)と思ったときに
先々を計測して
無理。
とあきらめたとたんに

その理由通りのことが起こる。

です(笑)。


その選んだ「点」は
自分の本意ではないから。

先々のサポートする自分にはたどり着かない。

よって、思った通りにダメになる。

実は私は今年、
車を買おうと思いました。
そう思うと、ウキウキやらワクワクやらでとても幸せになりました。

でも、ちょっと待てよ。
という思が色々とわいてきちゃったんです。

それで大繁盛にかまけて
その機会を逸してしまいました。

これを言うのは
ああ、情けないなぁ。恥ずかしいなぁ。
って思いながら、、なのですが。

年長のものとしてどなたかのために書いておこうと(笑)

そう、それを逸したとたんに
ぱたぱたといろんなドアが閉じてしまいました(爆)


「原因と結果の法則」というのがありますが、

まさに。です。

結果が「原因」を光の粒で
3Dプリンターのように創り起こすわけです。


こうしている今も。

薄い層を幾重にも超えるように
未来の私に
希みを届け。

その答えを
どこかで布石として受け取るんだ。
またはいま受け取っているんだ。と思えば、

大切なことはたった一つです。

私は自分を主語にして
本意のままに生きているか?ということ。


だからこそ、尋ねてみたいと思うのが

あなたはあなたの本意で生きていますか?ということ。

ここ数年気になっていることは

本意で生きる
というと
がむしゃらに自分を通そうとする安易さです。

本来は

ネガティブではなく、明るく
ヒステリックでもなく、穏やかに
投げやりにもならず、真摯に
ヤサグレず、素直に
ズルもせず、まっすぐに
暖かさをもってできるものなんです。

本意に生きるとは
応援されてこそ、の道です。

どうしてか?

そう
「層のすべてに存在する私」に伝わり響くからです。


さて、時空の間を漂いながら

現世の還暦まであと一年(笑)

皆さんよろしくお付き合いくださいませ^^




荒巻鮭のころ

Category : 日々の話し
スーパーで「新巻鮭」を見つけました。
半身ですが大きな鮭、
頭もちゃんとついています。

(写真があればよかったんですが、もう冷凍庫の中、、、)

思わず手が伸びました。


それは先日から

「ああ、ふっくらとした荒巻が食べたい」
そう思っていたからです。

鮭にはいろいろな種類がありますが、
もともとは鮭もマスも区別はあいまいです。

キングサーモンは和名は「マスノスケ」。

皆さんが大好きなお寿司やお刺身のサーモンは
日本では採れないので
ノルウェーやチリなどで養殖された
アトランティックサーモンなどです。

紅鮭も日本では採れませんが
北海道の港に上がるので「北海道のもの」
と思っている人がいるかもしれませんね。

なので
「北海道のお魚はおいしい~!
特にサーモン最高ですね!」
とコメントした芸人さんがいても
もう仕方がないかな?って思っていますが

ではあの美味しいイクラが採れる鮭は?
といわれると

それが秋鮭(シロザケ)と呼ばれる種類の鮭なんです。

秋になりシロザケが川に遡上する前に海で採られたものが
スーパーなどでも「秋鮭」と書いて切り身でも売っていますが

それを一本丸ごとしっかり塩をしたものが
昔の北海道で言う「新巻鮭」です。

これが冒頭の
私が食べたいと思っていた
ふっくらとした荒巻なんですね^^

若いころは荒巻といっても
脂ののった銀鮭(養殖)や紅鮭が好きで
秋鮭(シロサケ)など見向きもしなかったのですがね、

懐かしさで口に思い出すのは
年のせいなのか(笑)
シロサケになってきました。

新巻鮭は一昔前には、
お歳暮の花形としてデパートで買うものでした。

一本まんま売り場に並べて
のしを付けて配送されていたんですよ^^

まぁ今でもわずかながらその売り場はありますが
当時みたいに花形ではありません。

荒巻の値段で言えば

紅鮭が一番高級
その次が銀シャケ
その次が秋鮭(シロサケ)

つまりシャケのランクで言えば下です。

これは「皆さんが思うような脂」がない
と思われているからでしょうね。
(ちゃんと秋鮭なりの脂の乗り方ってのがあるんですけどね。
普段皆さん思われているのとは違うようです)

それでもデパートで扱うようなものは
20年くらい前で7000円ほどしました。

「秋鮭が好きな人なんだけどお歳暮にするには安くて」
と悩む方もいました。

どうして知っているかというと
売っていたからです(笑)

久々に買った荒巻鮭
塩辛さが心配だったので
さっと水で洗い
お弁当用に小さく切りわけて冷凍庫にしまい。

今朝自分用に一切れだけ焼いてみました。

期待通りにふっくら美味しかったです。

鼻に抜ける秋鮭の香りも
幸せなものでした。


半身だったので頭もついていて
これは今日の夕食で
久しぶりの「三平汁」となります。

最近は加工時に頭を落としてしまうようで
昔はいくらでも売っていた新巻鮭のアラは手に入りません。
アラがなくては三平汁は作れないんです。

*ジャガイモも必須ですが
普段ジャガイモをあまり食べないので
三平汁のために買わなくちゃと思っていたら
昨日オットが職場でちゃんともらってきてくれました。

秋の美味しいものもたくさんありますが

今年は秋鮭の荒巻で
しばらく秋を楽しみます^^。

バリ島を思い出す。

Category : 本の話し
35歳ころのことです
1回目と2回目のバリ島はツアーでした
友人たちと4人でそれゆえの楽しみもあったんだけど

私がみたかったのは、観光地じゃなくて。
バスから見える路地の中でした。

通りの匂い、子供たちの遊ぶ声、鶏の鳴き声、
山間の森の中を走るバスから見えた
一本の脇道の奥の集落。
そこを訪れてみたい。

どうしてもそんな旅がしたいばかりに

ツアーじゃない旅行をしたのは
バリ島が初めてでした。

行くたびにバリに魅了され
日本にいてもバリに関する本なら手当たり次第に読んでいました。



 

どの本も写真集も
濃厚なバリの湿度を持っていて
私はどうやったらこんな旅ができるのかと。
のめりこんでいきます。

20年くらい前のバリ島には
一種独特の甘酸っぱさや
濃厚な空気感
夜の深さ、怪しさが、
まだギリギリありました。

今はもう
24時間営業のスーパーや
巨大なモールや動物園
「富裕層」相手の高級ホテルでバリ島はパンパンです。

ちなみに私は富裕層の後に続く文節が嫌いです。

「富裕層を狙おう」などという観光産業と
それを臆面もなく見出しにして紹介する新聞と
「富裕層におもねることに臆面もない世間の風潮」が
矮小で嫌いなのでした。


あ、話がずれそう(笑)なので戻して。

中田ゆう子さんのこのご本
『魅せられてバリ島』は
そんな私の望みにぴったりで、
本当にその世界に憧れました。

私もそうやって居留したい
そう羨ましく思ったのです。

私はこれを携えて、その本に出てくる宿を探しました。

そして見つけました。
そして次回は泊まってみようと思いました。

でもその日は訪れなかったんです。
しばらく行けなかったのと、
他に泊まりたいところ、行きたい場所があったとか
一緒の人間がそういうところに向かないとか。

中田ゆう子さんはバティックを勉強され
札幌で個展も開いていると聞いていましたが

そこを訪れるタイミングもなく
いつしか私はその宿のことを忘れていました。

中田ゆう子さんのその本も
どこへ行ったのかわからなくなりました。

******

この夏私は、
そらかな点描曼荼羅の合同展でお話しした方から
ひょんなことから名刺をいただけることとなって

手のひらの中の名刺を見て叫び声をあげてしまいました。

「中田ゆう子先生ですか?!」

バティックの先生である中田ゆう子先生は
共通の友人がいたりはしたのですが
これまでお会いする機会はなく、

本当に感激してしまいました。

それからfacebookを介してゆう子先生とお話しさせていただいている中で
グディーさんが亡くなったとのお話を聞きました。

確か本の中では、とても大切な人物だったはず、、
でも本が見つかりません💦
確かめられずに悔しくて、amazonで入手しました。

ここ2~3日でようやく読むことが出来て。
グディーさんも判明しました。

読みながらずっと、
私の知っている昔のバリのことを色々と思い出していました。

ただの「バリかぶれ」と言われればそれまでの私ですが。

夜道をついてくる犬だとか、
満天の星と天の川のウブドだとか
王宮前は砂利道だったとか、
マニックの宿のトッケイの鳴き声を数えたこととか
真の闇とはこういうことと教えてくれたニュピの夜のこととか
飛行機降りる前からもうサロンとサンダルだったよね、とか
緑色のドレスを着たニャイロロキドゥルのこととか


沢山の忘れていたことがよみがえってきます。

22年間 巨大な遊園地で遊ぶ私

Category : 日々の話し
とある理由があって、私のインターネット遍歴を書いておこうと思いました。

私がPCを手に入れたのは22年くらい前です。

たった22年、、、時間が時間ではないような
不思議な感覚になります。

弟の友人が手放した中古の分厚いラップトップを8万円で購入したんです。
今考えたら高いですよね~~~!

でも新品だと30万を超えるような時代だったんです。

最初の6カ月はインターネットには繋がずワープロのような扱いで、
カチャカチャキーボードをたたいているだけで、

なんだか自分がキャリアウーマンにでもなったような気がしてとてもウキウキしました。

なので毎日触っていました。

何か文章を書きたくなって、エッセイやら、短編小説やら

誰に見せるわけでもないのにせっせと(笑)


そのあとに恐る恐るインターネットという「大海」に漕ぎ出るわけですが、

当時は電話回線で、ネットにつなげる間は電話が切れている状態。
笑えますね~!

私はどちらかというとネットの世界についてネガティブな話しか聞いていなかったんでしょうね、

なのでネガティブなイメージを持っていました。

CMの中にHPはこちら、みたいなアナウンスがあるのも
それに何の意味があるの?バッカみたい!くらいに思っていました。

ところが繋いだ瞬間に、そんな思いは吹き飛びました

黒い小さな箱の向こうの広大さに本当に驚き、自分が一回りも二回りも大きく広がった感じがしました。


そこは「好きな時に世界中にアクセスできる、巨大な遊園地」だったんです。

あの時の自分と世界が繋がって広がっていく素晴らしい感覚を
私は今でも忘れていません^^


バリ島が好きだった私はまずバリ島について調べてみました。

大きな情報サイトには、ビックリするくらいの個人の書いた有益な情報があり
知りたかったことを聞いたり見たりすることが出来る。

なんて便利なの?!って思いました。

そのうちにとあるこじんまりしたバリ島系サイトに居つき、
そこに参加している人4人と掲示板やらチャットを通じて仲良くなり、

そのうちにその中の一人から
バシャールをしって、

私は一気に精神世界の著作物やネットの中の情報にまみれていきます(笑)

まみれたら今度はそれを発信したくなるわけです。

まだ、ブログというのがない時代で

ホームページビルダーというソフトを購入して
ネット上で色々と調べながらタグを打ち
ページを作り、掲示板を組み込み

それを発信するための煩雑な仕組みを何とか乗り越え

今思うと本当によくあんなことしたな。って思うんですが、
出来上がっていくのが楽しかったんでしょうね。

それが約20年前ですから、
それからず~~~っと

ホームページビルダーで作ったHP
 ↓
プロバイダーが提供していた作成方法のHP
 ↓
ブログという仕組みが世にでてきてからは
このブログで三代目かな?

長く運営して自分のなかの時代も変わったなぁって思ったときにやめたり
更新ができなくなってやめたりでしたが
今のこれは8年目。

その間に仕事用とかであれこれ作ってはやめたりしました。
せっかく作ってもやめてしまうのは
そのブログを見てもらうためにする外的活動と連携できなかったからです。

見てもらえないならモチベーションも下がり更新もしなくなりますよね?


ということで、現在は

協会HPを一つ
これはWebデザイナーさんに管理もお願いしているのでほとんど触らないですが

そのほかに
協会用公式ブログを一つ

メールマガジン2種類

だいぶすっきりしてきましたが、

世界はあっという間に進化していきます(笑)

でも、
どこまでそれについていくか?は
自分で決められるのです。

なんとなくおぼれそうで恐いと思っても
浅瀬を選んで進めばいいだけ。

それで浅瀬の代表となった
小さなスマフォの時代になりました。

便利です。

PC開かなくてもすぐにどこにでもアクセスができる

本を持ち歩かなくても好きな本が読める

知りたいことは音声で入れて答えが出てくる

し~か~し~

そのスマートフォンで知りたいことをもっと深く知りたいと思ったときに

もたもたしませんか?

本当に知りたいことになかなか行きつかなかったりしませんか?

どうしてかというとその浅瀬は「広告」でできているからです。

スマフォが手軽に教えてくれる情報は広告と組み込みです。

それが邪魔で世間を見渡せずにイラっとします💦

もちろんPCもそうですが、もう少しおとなしいです(笑)
どうしてか?というと

広告業界は
スマフォのほうにお客様が多いのがわかっているからです。

それでも
その世界でしばらくは泳いでいかなくちゃならないわけです。

だったら楽しもう。

でも最終的には検索事項もスマフォとは比べ物にならないPCに援護射撃してもらって進もう。

スマートフォンを使って
そのスマートフォンが世界のすべてではないことを話そう。

今はそんな風に思っています。

時代って勝手に変わるんですけど

人間の一生にも、その人なりのいくつかの時代があると思います。

人生のある時期に
自分を見渡せるときがきます。

そこが新しい自分の時代を作るタイミングなんだと思います。

「間違ったスタートは何もしないより100倍もいい」という言葉があります。

どうしてかというと、
次は一からスタートではないので数倍簡単にできるからです。

どんな人もそうやって歩いてるんです。

「無駄になる労力」なんて実は一つもないんです。

何でもいいです♪

なんでも、楽しんでいきましょう♪

「不満を持つ間は、人は幸せからはじき返されますのや」

Category : 心と宇宙の話し
初めに。

今回紹介するコラムは、
月刊誌「致知」編集長・発行人である藤尾秀昭氏が書かれたものです。

毎月藤尾氏が巻頭部分でその号の特集を解説する形でコラムを執筆していますが
今回それだけをまとめたご本を出版されるので、
その告知のためにいただいたメールから、紹介されていた一遍を転載させていただきました。

★『致知』創刊40周年記念出版★
『人生の法則』
~『致知』総リード特別篇~
https://www.chichi.co.jp/specials/jinsei-housoku/

アナウンスは無かったので転載不可ではないと思いましたが、
感謝とともにURLまで貼っておきます。

自分のために、しっかりと保存しておきたいお話でした。

**************

感謝報恩
…………

宇宙は百億くらいある。
その百億の宇宙の一つがわが地球の属する
銀河系宇宙だということは以前、この欄で書いた。
 
銀河系宇宙の大きさはほぼ分かっている。
楕円形で、光の速度で直径が十万年、
厚さが一番厚いところで一万五千年かかる距離だという。
あまりのスケールに言葉もない。

その宇宙の中で地球だけに生命が宿されている。
宇宙から見た地球はものすごく美しいと
宇宙飛行士たちは口を揃える。

地球に住む生命体が発するオーラが、
地球を美しく輝かせているのに違いない。

その地球に住む生命体に宇宙は等しく天敵を与えた。

天敵がいなければあらゆる生命は増長し、
蔓延、跋扈する。

それは調和を愛する宇宙の心に反するということだろう。

ただ、限りない生命体の中で人間にだけ天敵がいない。

なぜか。


長い間の疑問だったが、ある時思い至った。

人間の天敵は外ではなく、心の中にいるのだ、と。

人間を襲い、蝕む天敵。
それは心の中に巣くう不平不満である。
事あるごとに湧き起こってくる
不平、不満、愚痴こそ、人間を滅ぼす天敵である。

歌人の生方たつゑの母は、少女の頃、
ともすれば不満顔をするたつゑに、


「不満を持つ間は、人は幸せからはじき返されますのや」


とよく言ったという。
人生を知り尽くした人の英知の言葉であろう。

人間を損なう天敵の対極にあるもの、
それが感謝である。

心が感謝の思いに満ちあふれた時、
あらゆる不平不満は一気に消え去る。

感謝こそ人間という生命体を
健やかに成長させる根幹である。



話は飛ぶ。

昨年、東京で開かれた「人体の不思議展」を見た時、
人間の生命に畏怖に近い感動を覚えた。

殊に全身に行き渡った血管網と神経細胞の標本は、
人知をはるかに超えていた。

身体の隅々に至るまで、微妙かつ精巧に、
そして見事な調和の中に、一点のねじれも
もつれもなく配列されたそのさまは、
神の領域そのものだった。

しかもその一本一本がそれぞれの役割を与えられ、
その役割を果たして全体に帰依している。
全知全能の神でなければ創造し得ない世界がそこにあった。

人間はすでに奇蹟のような生命をいただいて生きている。

「生きて」いるのではなく、
限りない恩の中に「生かされて」いる。
理屈なしに、そう直感するしかない世界が、そこにあった。


「恩」という字は
「口」と「大」と「心」から成っている。

「口」は環境、「大」は
人が手足を伸ばしている姿である。

何のおかげでこのように手足を伸ばしておられるのか、
と思う心が“恩を知る”ということである。

安岡正篤師の言がある。


「我々は天地の恩、人間の恩、道の恩、教えの恩など、
あらゆる“恩”の中にあります。
これに絶えず報いていくのが生活であります」

感謝報恩の人生を歩みたいものである。

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プロフィール

やまだまよ

Author:やまだまよ
やまだまよ
札幌在住、もうかなりいい年です。夫と二人暮らし。
趣味は早起き

1998年から精神世界と潜在意識に出会い

1999年スピ系HPを始め結構長く続けました

2001年4月40歳で4年生大学へ入学

2001年11月アロエベラを扱うフォーエバー社と出会いました。

2007年フォーエバーが取り持つご縁で点描曼荼羅と出会い、

2008年にHPからこのブログへ移行

2009年点描曼荼羅を描き始め、教え始めました。

2013年ネットで願いをかなえる点描曼荼羅画講座を開設

2015年一般社団法人マンダラユニヴァースとして発足、同時に講座タイトルを「宙を奏でる点描曼荼羅画」と変更しました。
(その間もフォーエバー社の仕事を継続して行っています。)

フォーエバーの仕事がなければ私は点描曼荼羅にも出会わず、社団の運営にも力が及ばなかったことでしょう。全ての力を与えてくれたアロエベラジュースとフォーエバー社に感謝しています。


好きな言葉:

右の道と左の道のどちらかに花が咲いているのではない。
自分が選んだ道に花は咲くのだ。

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